先日、Mリーグの話から麻雀について考えていました。
昔の麻雀には、
「雀荘」
「タバコ」
「徹夜」
「賭け事」
「大人の遊び」
といったイメージが強かった。
ところが今ではMリーグがあり、プロスポーツのように選手を応援し、実況や解説を楽しみ、「推し」の選手までできる。
さらに健康麻雀や高齢者の交流など、昔とは違った使われ方も広がっています。
でも、麻雀そのものの基本的な面白さは、それほど変わっていません。
そこで、ふと思いました。
「中身はそれほど変わっていないのに、時代によって見え方や価値が大きく変わるものって、他にもあるんじゃないか?」
そして、さらにもう一歩。
過去に評価が変わったものの共通点を調べれば、これから評価が変わるかもしれない“未来の種”を見つけられるんじゃないか?
今回は、そんな話です。
昔は評価されなかったものが、別の価値を持つことがある
例えば、
昔は作業着だったジーンズがファッションになった。
街中の表現だったストリートアートが、美術館でも扱われるようになった。
古いレコードが、配信全盛の時代に再び「物として音楽を所有する楽しみ」として選ばれる。
壊れた物を直して使うことも、単なる節約から「修理する楽しさ」「長く使う価値」という意味を持ち始めている。
中身そのものが突然別物になったというより、
人間側の価値基準が変わった。
これが面白い。
それなら、
「今は地味」
「不便」
「古い」
「需要がない」
と思われているものの中にも、まだ別の価値が眠っているのではないでしょうか。
その中で気になった「静かな共同時間」
いくつか可能性を考えている中で、個人的に一番引っかかったのが、
「静かな共同時間」
でした。
例えば読書。
何人かが同じ場所に集まっている。
でも、全員それぞれ違う本を読んでいる。
無理に会話する必要もない。
自己紹介もしなくていい。
ただ同じ場所にいる。
これだけです。
一見すると、
「それなら家で一人で読めばいいじゃん」
と思います。
でも、よく考えると少し違う。
一人でいたい。でも、一人きりは寂しい
ここで一つ、矛盾しているようで、実はかなり普通なのではないかと思う感情があります。
一人でいたい。
でも、
完全に一人きりだと少し寂しい。
逆に、
寂しいからといって、
知らない人と積極的に会話したいわけでもない。
この中間です。
人間関係を作りたいわけではない。
友達を増やしたいわけでもない。
交流会に参加したいわけでもない。
でも、
近くに誰かがいる。
それだけで少し安心することがある。
こういう需要って、意外とあるんじゃないでしょうか。
「孤独」と「交流」の間は、もっと細かくてもいい
今の社会には、
家で完全に一人になる場所はたくさんあります。
反対に、
交流会、サークル、飲み会、イベントなど、人と積極的に関わる場所もあります。
でも、その間は案外少ない。
だから、こんな空間があってもいい。
完全サイレント
会話なし。
本を読む。
スマホを見る。
仕事する。
ぼーっとする。
何をしてもいい。
少し生活音があっていい場所
小さな独り言。
キーボードの音。
荷物を整理する音。
誰かがコーヒーを飲む音。
完全な静寂までは求めない。
でも積極的な会話もしない。
軽く話してもいい場所
「今日は寒いですね」
「そこ空いてますよ」
そんな程度の会話ならできる。
でも、それ以上の交流を求める必要はない。
話したい人が行く場所
今日は誰かと少し話したい。
そんなときだけ移動すればいい。
喫煙所みたいに分かれていても面白い
この構造を考えていたとき、
最近の喫煙所を思い出しました。
加熱式たばこのスペースがあって、そのさらに奥に紙たばこのスペースがある。
利用者が自分に合った場所を選ぶ。
それと同じように、
人との距離を自分で選べる空間
があってもいい。
今日は誰とも話したくないから一番静かな場所。
別の日は、人の声くらい聞こえていた方が落ち着く。
少し寂しい日は、軽く会話できる場所。
同じ人でも、その日の気分によって変わります。
だから、
「あなたは社交的な人」
「あなたは孤独な人」
と人間を分類する必要もない。
今日はどの距離にいたいか。
それだけ選べればいい。
話さない人を「交流できない人」にしない
ここは結構重要だと思います。
こういう場所を作ると、
最終的には、
「みんなが交流できるようになりました」
という方向に持っていきたくなるかもしれません。
でも、それは違う。
ずっと誰とも話さなくてもいい。
名前を知らなくてもいい。
毎日同じ人を見るけれど、一度も話さなくてもいい。
昨日話した人と、今日は話さなくてもいい。
交流することを成功条件にしない。
これが大事なんじゃないかと思います。
それでも「人とのつながり」は少し生まれるかもしれない
例えば毎週同じ時間に行く。
いつも同じ席に座っている人がいる。
名前は知らない。
職業も知らない。
でも、
「あ、今日もいる」
と思う。
相手も同じように思っているかもしれません。
それだけです。
でも完全な他人よりは、ほんの少しだけ近い。
人間関係で言えば、
0が0.1になるくらい。
それで十分なんじゃないでしょうか。
最近は、
家と会社を往復する。
ネットで買い物する。
食事も配達してもらえる。
仕事もオンラインでできる。
便利になった分、人と偶然接触する機会は昔より減っている部分もあります。
だからこそ、
無理に友達になるのではなく、
「何となく見覚えのある人がいる」
くらいのつながりにも価値が出てくるかもしれません。
「一人でいるのが少し不安な日」の場所にもなる
もう一つ考えたのが、
避難場所のような役割
です。
もちろん、災害時の正式な避難所という意味ではありません。
もっと日常的な話です。
例えば、
今日は家で完全に一人になるのが少し嫌だ。
仕事で嫌なことがあった。
なんとなく気分が沈んでいる。
一人暮らしで少し不安。
旅先で知らない土地に一人。
でも、
誰かに相談するほどではない。
友達を呼ぶほどでもない。
居酒屋で知らない人と盛り上がりたいわけでもない。
そんなとき、
ただ人がいる場所へ行く。
何かを話さなくてもいい。
何かを注文し続けなくてもいい。
何か目的を持っていなくてもいい。
「今日はここにいよう」
それだけで使える。
もしそんな場所が普通にあれば、少し助かる人もいるのではないでしょうか。
でも、ここまで考えて反証してみる
こういうアイデアを考えていると、どんどん良さそうに見えてきます。
そこで一度、反対側から考えてみました。
まず、
似たような場所はすでにあります。
図書館にも静かな場所と会話可能な場所を分けている施設があります。
公園では、知らない人同士が会話せずに同じ空間を使っています。
カフェでも、一人で過ごす人はたくさんいます。
公共施設にも「ふらっと立ち寄れる場所」はあります。
つまり、
「誰も考えたことのない革命的なアイデア」
ではありません。
さらに、
静かな人と会話したい人を同じ場所に集めれば、当然トラブルも起きます。
どこまで話していいのか。
知らない人へ話しかけていいのか。
ずっと席を使っていいのか。
体調が悪くなった人がいたら誰が対応するのか。
安全面はどうするのか。
結局、場所を作れば運営が必要です。
しかも、
安くして長時間滞在できるようにすれば、運営費をどうするかという問題も出ます。
そして気づく。「別に私がやる必要はない」
ここまで考えて、
最終的にたどり着いた結論があります。
これ、私はやらなくていいな(笑)
アイデアとしては面白い。
社会的にも少し意味があるかもしれない。
でも、
店舗を借りる。
スタッフを雇う。
利用ルールを決める。
トラブル対応をする。
自治体や関係者と調整する。
そこまで自分でやりたいかと言われたら、
まったくやりたくない(笑)
でも「こんな考え方がありますよ」と発信することはできる
ここで思ったのが、
アイデアを思いついた人が、必ず実行者になる必要はないということです。
例えば、
図書館。
公共施設。
商業施設。
カフェ。
コワーキングスペース。
地域のNPO。
自治体。
そういう、すでに場所や運営ノウハウを持っている人が、
「これ面白いな」
と思えば取り入れればいい。
私は、
「こんな需要があるかもしれませんよ」
と投げるだけ。
それでもいいんじゃないでしょうか。
「未来の種」を探すだけでも面白い
今回、一番面白かったのは、この施設のアイデアそのものより、
麻雀の話からここまで来たこと
でした。
Mリーグが面白い。
↓
昔と今では麻雀のイメージが違う。
↓
でも麻雀の本質は大きく変わっていない。
↓
同じように、時代によって価値が変わったものは他にもあるのでは?
↓
その共通点から、これから価値が変わるものを探せるのでは?
↓
静かな共同時間は面白いかもしれない。
↓
単なる静かな場所ではなく、人との距離を選べる場所にすれば?
↓
でも運営するのは大変。
↓
じゃあ、アイデアだけ公開しておけばいい。
こういう流れです。
最初から、
「新しいビジネスを考えよう」
と思っていたわけではありません。
ただ会話していたら、ここまで来ました。
これからも「未来の種」を探してみたい
世の中には、
今は評価されていないもの。
昔のもの。
不便なもの。
地味なもの。
一部の人だけが楽しんでいるもの。
たくさんあります。
でも価値観が変われば、
「実はこれ、今の時代に合ってるんじゃない?」
となるものもあるはずです。
それをAIと一緒に探して、
似た過去の事例を調べる。
共通点を探す。
可能性を考える。
さらに、
「いや、それ本当に必要?」
と反証してみる。
それでも何かが残ったら、
未来の種かもしれない。
そんな遊び方も、AIの面白い使い方の一つだと思います。
今回残った種
今回の種を一言で表すなら、
「一人でいられる。でも、一人きりではない場所」
でしょうか。
そこで人間関係を作る必要はない。
友達を作る必要もない。
自分を紹介する必要もない。
ただ、
今日は完全に一人になりたくない。
でも、
誰かと積極的に関わる元気もない。
そんなときに使える場所。
もし図書館や公共施設、カフェなどを運営している人がこの記事を偶然読んで、
「うちでも少し試せるかも」
と思ったなら、
それくらいで十分です。
私が施設を作る予定はありません(笑)
でも、
こんな考え方もある。
それだけ置いておこうと思います。
未来の種なんて、最初はそのくらいでいいのかもしれません。
