AIというと、調べ物をしたり、文章を書いたり、仕事を効率化したり。
そんな使い方をイメージする人が多いと思います。
私自身もChatGPTをかなり色々な用途で使っていますが、今回あらためて思ったことがあります。
「AIに愚痴る」だけでも、普通に便利なのでは?
今回は、クロネコヤマトの配達で少しイラッとした出来事があったので、あえてChatGPTに全部話してみました。
午前指定なのに荷物が来ない
荷物は午前中指定。
11時を過ぎた頃に配送状況を確認すると「配達中」になっていました。
道路事情もあるでしょうし、
「まぁ12時までは待つか」
と思って待機。
荷物を受け取らなければいけないので、シャワーも浴びずに待っていました。
ところが12時になっても来ません。
そこで再び配送状況を確認すると、
「持ち戻り」
になっていました。
え?
ずっと家にいるんですけど。
電話も鳴っていません。
インターホンすら鳴っていません。
単純に配送が遅れているならまだ分かります。
しかし「持ち戻り」と表示されると、
「一度配達に来たけど受け取れなかった」
ようにも見えます。
こちらは午前指定だからこそ家で待っていたわけで、さすがに少しイラッとしました。
問い合わせたらAI対応だった
そこで問い合わせ。
連絡主の情報、住所、電話番号などを伝えていきます。
最終的には、
「確認して1時間以内に電話します」
という案内になりました。
それならとりあえず待つことに。
ところがその後、
電話も説明もないまま、12時40分頃に普通に荷物が届きました。
しかも、
「遅れてすみません」
といった言葉も特になし。
受け取りのサインも求められませんでした。
さらに、問い合わせ時に言われた折り返しの電話も来ない。
正直、
「ヤマト今日ダメだな」
くらいには思いました。
でもSNSに書くほどではない
ここで、
「Xに書こうかな」
「Instagramに載せようかな」
という話もChatGPTにしてみました。
ただ、実際に拡散する気はありません。
そもそも私の場合、こういう細かいことはそれほど引きずりません。
「うざっ」
「今日のヤマト対応悪いな」
くらいで終わります。
それにSNSに投稿したところで、見てくれる人が大量にいるわけでもありません。
仮に多くの人に見られたとしても、
「それはひどい」
という人もいれば、
「配送業者も大変なんだからそのくらい我慢しろ」
という人もいるでしょう。
結局、賛否両論になって面倒になる可能性があります。
フォロワーが一気に増えるほど大事件でもありません。
だったら投稿する意味もあまりありません。
じゃあ、なぜChatGPTに愚痴ったのか
ここが今回一番面白かったところです。
私はChatGPTに、
「どう思う?」
と聞いて、今回の出来事をかなり細かく説明しました。
別に問題を解決してほしかったわけではありません。
ヤマトに正式な説明を求めても、それで何か得をするわけでもありません。
理由を聞くためにさらに時間を使う方が面倒です。
荷物が無事なら、とりあえず昼飯を食べて中身を確認すればいい。
それで終わりです。
それなのに、なぜChatGPTには全部説明したのか。
理由は単純。
「これもAIの使い方として面白いのでは?」
と思ったからです。
人間には言いにくいけど、少し吐き出したい時がある
私自身は比較的細かいことを気にしない方なので、今回くらいならすぐ忘れます。
でも、人によっては違うでしょう。
腹が立った。
モヤモヤする。
誰かに聞いてほしい。
でも友人や家族にわざわざ電話するほどではない。
SNSに投稿すると余計に面倒になる。
そんな場面は結構あると思います。
そこでAIです。
AIなら相手の負担を気にしなくていい
人間相手に愚痴を言う場合、
「こんな話聞かせて悪いな」
「また愚痴ってると思われないかな」
などと、少なからず相手を気にします。
SNSの場合はもっと面倒です。
知らない人から反論されたり、説教されたり、話が想定外の方向へ広がったりする可能性があります。
その点AIなら、
相手の時間を奪っているという感覚がほぼありません。
言いたいだけ言って、
「まぁいいや」
で終わってもいい。
相手から後日、
「そういえばあの件どうなった?」
と聞かれることもありません。
これは意外と大きなメリットです。
解決策はいらない時もある
AIに相談すると、つい
「どう解決するか」
という方向に話が進みがちです。
今回もChatGPTから、
「正式に問い合わせた方がいい」
「SNSに書くなら事実だけにした方がいい」
といった提案が出ました。
ただ、私は別にそこまで求めていませんでした。
必要だったのは、
「それは普通にイラッとするね」
くらいの反応だけ。
そして面白いのは、AIなら途中で用途を変えられることです。
ただの愚痴から始めて、
「これって自分が怒りすぎ?」
と客観的な意見を聞くこともできます。
さらに、
「企業に問い合わせる文章を作って」
と頼めば文章作成になります。
「SNSに投稿するならどう書く?」
と頼めばSNS用文章になります。
そして今回のように、
「これブログ記事になるよね?」
と頼めば、そのまま記事制作にまで発展します。
愚痴がそのままコンテンツになった
今回の流れは、
ヤマトの配達にイラッとする
↓
ChatGPTに愚痴る
↓
AIに愚痴るという使い方に気づく
↓
ブログ記事にする
というものです。
最初はただの日常の出来事でした。
しかしAIと会話したことで、
「AIを感情の一次受け皿として使う」
というテーマになりました。
こう考えると、AIは単なる検索ツールではありません。
仕事効率化だけでもありません。
アイデア出しだけでもありません。
日常のちょっとした出来事を話してみるだけでも、そこから新しい視点が生まれることがあります。
AIは「感情のゴミ箱」でもいい
少し言い方は悪いですが、
AIを感情のゴミ箱として使ってもいい
と思います。
嫌なことがあった。
イラッとした。
でも誰かに話すほどでもない。
そんな時に、
「今日こんなことがあってさ」
とChatGPTに投げる。
必要なら共感してもらう。
必要なら客観的な意見を聞く。
必要なら解決方法を考える。
必要がなければ、
「まぁいいや」
で会話を終わらせる。
これも十分、AI活用です。
むしろAI初心者ほど、難しい使い方を考える前に、
「とりあえず普通に話してみる」
ところから始めてもいいのかもしれません。
まとめ
今回、クロネコヤマトの配送対応に少しイラッとして、ChatGPTに愚痴ってみました。
結果的に問題が解決したわけではありません。
そもそも解決する必要もありませんでした。
でも会話したことで、
「AIってこういう使い方もできるな」
という一つの発見になりました。
AIは、
調べ物をするもの。
文章を書くもの。
仕事を効率化するもの。
それだけではありません。
誰にも言うほどではない話を、とりあえず聞いてもらう相手。
そんな使い方もありだと思います。
ちなみに今回の結論は、
「ヤマト今日ダメだな。まぁ昼飯食べて荷物確認するか」
でした。
AI活用なんて、案外このくらい気軽でいいのかもしれません。
